社団法人 松戸青年会議所 理事長所信

(社)松戸青年会議所

For the team
〜 スクラムを組もう!一人はみんなのために、みんなは一人のために 〜

理事長所信

社団法人松戸青年会議所 第41代理事長 湯浅 健司理事長 湯浅健司  第2次世界大戦からすでに63年。激動の時代といわれた昭和から平成の時代になり、19年が経過を致しました。

平成という元号は、中国後漢、武帝の時代に司馬遷によって編纂された歴史書「史記」の五帝本紀『内平外成(内平かに外成る)』に由来しています。
「内(国内)が平和で憂いがなく、外(諸外国)との関係が成就する」
そのような時代と成ることを願って付けられた「平成」という元号。しかし現在の日本はどうでしょうか。そのような時代になっているでしょうか。

残念ながら政治・経済・外交どれをとっても常に閉塞感に苛まれている状況が現実であり、内憂外患の状況にあります。
戦後の昭和の時代のように、大多数の人々が明るい未来の到来を信じ、自ら躍動感にあふれ行動していた時代から一転、先行きが不透明で未来に期待感を持てず、全てに対して受動的にしか行動できない時代になってしまっています。

何故そのようになってしまったのでしょうか。それは戦後においては「日本の復興」、高度経済成長期においては「日本を先進国へ」といった国民共有の目標があり、それが求心力となっていたのが、平成に入ってからはそのような国民共有の目標を見失い、日本という国全体の求心力が失われてしまったからではないでしょうか。

それでは41年目を迎える(社)松戸青年会議所はこのような状況の中、どのように進んでいくべきなのでしょうか。
我々はどのような時代背景の中でも、「個人の修練」「社会への奉仕」「世界との友情」という共通の目標を忘れず、青年会議所運動に誇りをもって取組むことが必要です。
そして、青年会議所運動に常に高い志を持ち、コミュニティーに必要とされる運動体を目指して、人と人とがつながる社会の実現を目指していきましょう。

全ての会員が顔を合わせ、出会いを大切にし、友情を築こうとする交流の場を大切にしていきましょう。個々の会員のポジティブな考えや、高いモチベーションは、そのような環境の中から育まれてくると私は信じます。
我々志を同じうするJayceeは、過去も今も未来も強固なスクラムを組み、青年会議所運動に邁進していかねばなりません。

【会員のスクラムで関東地区会員大会を成功させよう】


DP124_L.jpg空前の情報社会と言われる今の時代、出会い、向き合い、そして語り合う、そんな昔は当たり前のように存在していたものが失われつつあるこの時代、「メンバーとメンバーとのつながり(人間関係)」という問題について十分に論議する時期に来ているのではないかと考えます。
そのような時代背景の中、私たちは本年、2008年度(社)日本青年会議所関東地区協議会「第56回関東地区会員大会」の主管会員会議所としての素晴らしい機会に恵まれています。
ただ単に場所を提供する、人員を動員するという事にとらわれず、この機会に今一度私たちが暮らすまち「松戸」、私たちが愛するまち「松戸」について考える、そして初心に帰る良い機会にしようではありませんか。

このまち「松戸」の良い点、悪い点を曇りの無い目で見つめ直すことにより、私たちが暮らすこのまちの未来に思いを広げていく地域のパイオニアとして、このまちを牽引していく役割をも担っていけると信じます。
また、長年にわたる関東地区協議会との素晴らしい協力体制をメンバー皆に周知でき、また将来の協力体制をも確立できる良い機会であると考えます。私たちLOMがひとつにまとまり、関東地区協議会との連携・協力体制を確立することは、千葉ブロック協議会25会員会議所メンバーにもその素晴らしさ・喜びを発信でき、千葉ブロック協議会が一丸となれる絶好な機会になることと思います。

そして、おひざもとの「松戸」におきましても、関東地区会員大会の開催意義等を、一人でも多くの市民に理解して頂くためにあらゆる広報手段を用い、また青年会議所の存在価値を高めていくために、自ら「第56回関東地区会員大会」主管会員会議所という道を選びしLOMとして、私たちが暮らすこのまち「松戸」の未来に思いを広げていく絶好の機会であることは言うまでもありません。

(社)松戸青年会議所が、この大会を成功させるにあたっては、会員の総力の結集が必要不可欠となってきます。大会の成功に向かって心をひとつにし、スクラムを組み一丸となる。こんな素晴らしいチャンスがあるでしょうか。
この機会「第56回関東地区会員大会」の主管を41年目の(社)松戸青年会議所の最大の目標として、そして飛躍のチャンスとしてとらえ、自らが先頭に立って取組んでまいります。
ここで得られる経験は、今の、また未来の(社)松戸青年会議所に新たな可能性をもたらし、かけがえのない財産となると確信を致します。

【スクラムを組み、より多くの会員拡大を】


EV195_L.jpg会員の減少は組織力の低下を意味します。青年会議所運動は常に新たな会員を多く迎えることで、新たな運動の風を起こすことができるのです。

昨今の会員減少は目を背けることのできない事実であり、このことを全ての会員が危機と感じていることと思います。しかし会員拡大にはこの手法こそ決め手、といった特効薬は存在しません。
(社)日本青年会議所全体としても、会員減少は深刻な問題となっています。しかしそのような全体の流れの中でも、会員拡大に成功しているLOMは日本中にそして千葉ブロックの中にも存在します。

私は会員拡大には、LOM内のコミュニケーションを充実し会員相互の理解を深めることから始める必要があると考えます。今こそ(社)松戸青年会議所に在籍する現役会員自身が互いを良く知り、認めあい、青年会議所運動を通じての様々なコミュニケーションを楽しく感じることが大切です。会員全員がはつらつとして、活き活きと青年会議所の素晴らしさを語りあえる雰囲気こそが会員拡大には大事なのです。

会員拡大を会社にあてはめて考えて見ましょう。会社の雰囲気が悪く、活力を感じられず、社員にやる気がない会社に誰が入ろうと思うでしょうか。きっとそのような会社は業績が悪いからそうなったのでしょう。しかし今業績が悪くても、社員が一丸となって活き活きと働いて業績回復に努力している会社には、きっと良い人材が入ってくるはずです。

会員拡大をするために、今(社)松戸青年会議所にいるみなさんが活き活きと輝いて青年会議所運動に取組んでいきましょう。そこから生まれてくる強固なスクラムが、必ずや新たな会員を迎える原動力となります。
 

【若い世代の交流から生まれる発想をまちづくりに活かそう】


FB139_L.jpg私たちの松戸市は、県内第3位の人口47万人を擁し、東葛飾地区最大の都市であります。この大きなステージを基盤として青年会議所運動を展開している我々は、常に松戸の現状を把握し、未来に向かってまちの将来にビジョンを持ち続けていかなければなりません。

私は、まちづくりを考える上では、既成概念にとらわれない発想が大切であると考えます。
我々大人はどうしても現実に目の前にある問題にとらわれがちで、まちづくりに「夢」を描けない傾向があります。
「夢」のあるまちづくりのためには、未来を担う若い世代の交流から生まれる発想こそが必要であります。

若い世代が、松戸というコミュニティーの現状を把握しながら、若さゆえの柔軟な発想や、斬新な視点に基づき、我々(社)松戸青年会議所の会員と共に、新たな松戸のビジョン作成の活動に携わっていくことが、まちづくりに新たな息吹をもたらすことになると私は考えます。

そしてこの活動に参加した若い世代間の交流が、人と人とがつながる社会の実現の第一歩となり、将来のまちづくりにおける中核的かつ先進的な人財が生み出されていく事を私は期待します。

【全てを分かち合い、出会いを大切にし、友情を育む交流の場を】


ET182_L.jpg青年会議所メンバーは仕事も生活環境も違いますが、青年会議所運動を通じてお互いに切磋琢磨することにより、真剣にお互いを理解する場を与えられています。しかもそれは40才までと活動の期間が決められているのです。

ただ無為に時間を過ごすのはやめましょう。目的を明確にし、常に何かを学び取ろうとする姿勢を大事にし、そして自らも何を与えられるのかを意識して交流していきましょう。

そして(社)松戸青年会議所の中にとどまらず、近隣のLOMともそのような意識を持って大いに交流をしていきましょう。
 青年会議所運動を通じて知り合った多くのメンバーに感謝し、お互いを励ましあい、協力をしあう心を持つことができれば、より青年会議所が楽しくなり、行動力のある強い運動体になることは間違いありません。

私は、この限りある時間を有意義に過ごすためにも、遠慮することなく互いに全てを分かち合い、出会いを大切にし、友情を育む交流の場を創ってまいります。

【JC運動の醍醐味をより多くのメンバーに】


ET167_L.jpg青年会議所運動はLOMを最小単位の運動体として全国で展開されています。そして青年会議所運動をグローバルに展開していくために、ブロック協議会、地区協議会、国家青年会議所としての(社)日本青年会議所があり、青年会議所運動の国際機関として国際青年会議所(JCI)があります。

これらの組織は、日本各地・世界各国からの出向者によって運営され、それぞれのステージで積極的な運動を展開しています。
来年、我々が主管する「第56回関東地区会員大会」も、関東地区協議会の青年会議所運動の一環として開催をされるものであります。またそれ以外にも青年会議所運動を発信する様々なセミナーや諸会議・大会は、世界をまたにかけて数多く開催されています。

 普段、松戸やその周辺地域に住居や仕事を持って生活をしている(社)松戸青年会議所の会員のほとんどは、日常生活においても青年会議所運動においても、限られた地域での活動にとらわれがちです。
古くからの有名な諺に「井の中の蛙、大海を知らず」がありますが、我々はそうであってはなりません。常に自らのアンテナを高くし、活動の範囲や視野を広げることでホスピタリティを高めようとする志が
大切です。

青年会議所運動の様々な機会に多くのメンバーが、受動的ではなく能動的に参画をすることは、(社)松戸青年会議所の運動の幅を広げることに繋がり、高いモチベーションをもつ会員がたくさん生まれてきます。そしてこのような会員が将来、LOMの主軸を担う人財となっていくのです。

さあ勇気を持って一歩足を踏み出し、青年会議所運動に参画しているからこそ得られる活動の機会を大いに実践し、活かしていきましょう。

【組織の要である会務を骨太に】


DL199_L.jpg青年会議所という組織を、人間の体に例えてみましょう。人間の体は心臓をはじめとする様々な臓器が互いに血管を通じてつながり、血液が滞ることなく循環することにより命を保っています。青年会議所の組織において会務はまさに、血管であり血液であります。常に滞ることなく循環をしていなければ、たちまち機能不全状態に陥り、命に支障をきたすことになります。

会務がしっかりと役割を全うすることは、(社)松戸青年会議所にとって必要条件であります。
青年会議所運動を実践する諸委員会の活動を円滑にするためにも、会務は様々な場面で模範を示すと共に、よきアドバイザーとなることが求められます。

青年会議所において会務系が必ず言われる「当たり前のことを当たり前にやる」をしっかり貫き通す会務系が(社)松戸青年会議所の屋台骨を支えていくことは間違いありません。活動は地道で派手さはないが、骨太な会務系こそが組織の要となることは、今も昔も必定なのです。

現在の(社)松戸青年会議所の会務系の担いとして見直していかなければならないのが、情報発信の最前線としての広報です。いくらコミュニティーにとって有意義で効果的な青年会議所運動を展開しても、それを積極的に外部に発信していかなければその意味は半減をしてしまいます。

(社)松戸青年会議所を外部に大きく情報発信することは、青年会議所運動への魅力を高めるのに最適かつ最良の方法であり、会員拡大にも大きく寄与すると私は考えます。
 

むすびに


DK005_L.jpg青年会議所運動が輝きを放つためには、会員が輝いていなければ、その輝きは曇ったものになってしまいます。そして一人の会員が一生懸命に青年会議所運動に取組んでも、その成果にはどうしても限りがあり、多くの会員が苦労を共に分かち合い取組んだものにはかないません。

 青年会議所運動への目標や目的意識が薄弱であれば、組織はいつか衰退してしまうが、会員全員が常に共通の目標や目的を持ち続けていれば、組織はより強固に発展していきます。

 そして40年間、血と汗と情熱を捧げて築き上げられてきた伝統と文化は、尊重していかなければならないが、この先の未来を輝かしいものにしていくためには、変革を恐れてはなりません。

 さあ、今こそスクラムを組みましょう。一人はみんなのために、みんなは一人のために、会員が一致団結して41年目の(社)松戸青年会議所を共につくりあげていきましょう。


2008年度 理事長
湯浅 健司

(社)松戸青年会議所は、第56回関東地区会員大会を主管いたします。

やるぞ会員拡大! 

本年度会員拡大数7名(5月現在)
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Juniour Chamber International Vol.1
「Welcome JC! 」 
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松戸市の概要

images-1.jpeg松戸市は、千葉県北西部に位置し、北側は柏市・流山市に、南側は市川市に、東側は鎌ケ谷市に、西側は江戸川を挟んで東京都葛飾区・埼玉県三郷市に隣接しています。古くは水戸街道の宿場町として、現在は東京のベッドタウンとして知られ、千葉県内では人口第3位の市です。

20051110b20eea84.jpg市の西端を流れる江戸川には「矢切の渡し」という渡船場があり、演歌のタイトルになりました。また、二十世紀梨の発祥の地であり、近郊農業として野菜栽培も盛んです。

matsumoto12.JPG松戸市は、大手ドラッグストア「マツモトキヨシ」の創業者、松本清氏が市長を務めていた昭和44年(1969)、すぐやる課が創設されたことでもその名が知られています。

松戸のあゆみ

松戸に人が住み始めたのは、約3万年前、旧石器時代のことです。縄文時代には、台地の下まで海が入り込み、その痕跡は、幸田貝塚をはじめとする多数の遺跡として残っています。

3442b.jpg平安時代には、下総国の国府(市川市国府台)から常陸国の国府(茨城県石岡市)、武蔵国の国府(東京都府中市)へ通じる分岐点で、交通の要衝となり、更級日記の中では「まつさと」の名前で松戸が登場しています。鎌倉時代の下総国は、源頼朝の挙兵に功績があった千葉常胤が守護に任ぜられ、一族が各地に広まりました。戦国時代になると、千葉氏の一族から出た高城氏が大谷口の小金城を築き、東葛飾地方一帯を支配しましたが、天正18年(1590)、豊臣秀吉の関東攻めによって小金城は開城しました。江戸時代には、幕府の命により水戸街道が整備され、松戸と小金は宿場町として繁栄しました。

images-2.jpeg明治時代に入ると、旧水戸街道は国道になり交通量が増加、江戸川の水運も盛んになり、松戸は交通の要衝として発展を続けました。明治22年(1889)には、町村制が施行され、松戸市域には、松戸町・明村・八柱村・馬橋村・高木村・小金町が生まれました。昭和18年(1943)4月1日、松戸町と馬橋村、高木村が合併し、県下7番目の市として「松戸市」が誕生しました。当時の人口は、40,433人でした。

戦後、常磐線、新京成電鉄の乗り入れ、工業団地の造成により人口急増の時代を迎えます。suguyaru-usui.jpgすぐやる課が誕生したのは昭和44年(1969)で、それまでの役所のイメージを変えるものとして注目され、松戸市の名が全国的に有名になりました。

名物・観光・スポット

show_pic.php.jpeg松戸市の観光・スポットは、江戸川松戸フラワーライン、矢切の渡し、常盤平桜通り、戸定邸、松戸神社、本土寺、東漸寺、万満寺には運慶による金剛力士像(重要文化財)などがあります。

松戸市の祭り・イベントは、桜祭り(4月)、レンゲ祭(4月)、緑と花のフェスティバル(4/29)、こども祭り(5/3)、三匹獅子舞(9月・10月)、コスモス祭(9月)、松戸祭り(10月)、仁王の股くぐり(10/27〜29)などが行われています。

p005.jpgまた、松戸市の特産品・おみやげは、梨、矢切ネギ、落花生、下総鋏、下総打刃物、白玉粉などがあります。

江戸川流域に広がるネギ畑。一本の雑草も見当たらず、真直ぐ伸びた畝に等間隔に植え付けられています。土の下にある白身は50〜60cmにも成長する。yagirinegi_01.jpg矢切ネギは、多肉、多汁で弾力があり、甘味、食感もいい。肉との相性も抜群。ネギは、熱を加えると一段と独特な甘味とコクが出る。太いネギはすき焼き、中は鍋物、細いものは薬味など、食卓には欠かせない食材です。

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