イベント情報
5月第1例会「本気の交流とは?」
開催日 内容 | ||
5月第1例会「本気の交流とは?」
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松戸市は、千葉県北西部に位置し、北側は柏市・流山市に、南側は市川市に、東側は鎌ケ谷市に、西側は江戸川を挟んで東京都葛飾区・埼玉県三郷市に隣接しています。古くは水戸街道の宿場町として、現在は東京のベッドタウンとして知られ、千葉県内では人口第3位の市です。
市の西端を流れる江戸川には「矢切の渡し」という渡船場があり、演歌のタイトルになりました。また、二十世紀梨の発祥の地であり、近郊農業として野菜栽培も盛んです。
松戸市は、大手ドラッグストア「マツモトキヨシ」の創業者、松本清氏が市長を務めていた昭和44年(1969)、すぐやる課が創設されたことでもその名が知られています。
松戸に人が住み始めたのは、約3万年前、旧石器時代のことです。縄文時代には、台地の下まで海が入り込み、その痕跡は、幸田貝塚をはじめとする多数の遺跡として残っています。
平安時代には、下総国の国府(市川市国府台)から常陸国の国府(茨城県石岡市)、武蔵国の国府(東京都府中市)へ通じる分岐点で、交通の要衝となり、更級日記の中では「まつさと」の名前で松戸が登場しています。鎌倉時代の下総国は、源頼朝の挙兵に功績があった千葉常胤が守護に任ぜられ、一族が各地に広まりました。戦国時代になると、千葉氏の一族から出た高城氏が大谷口の小金城を築き、東葛飾地方一帯を支配しましたが、天正18年(1590)、豊臣秀吉の関東攻めによって小金城は開城しました。江戸時代には、幕府の命により水戸街道が整備され、松戸と小金は宿場町として繁栄しました。
明治時代に入ると、旧水戸街道は国道になり交通量が増加、江戸川の水運も盛んになり、松戸は交通の要衝として発展を続けました。明治22年(1889)には、町村制が施行され、松戸市域には、松戸町・明村・八柱村・馬橋村・高木村・小金町が生まれました。昭和18年(1943)4月1日、松戸町と馬橋村、高木村が合併し、県下7番目の市として「松戸市」が誕生しました。当時の人口は、40,433人でした。
戦後、常磐線、新京成電鉄の乗り入れ、工業団地の造成により人口急増の時代を迎えます。
すぐやる課が誕生したのは昭和44年(1969)で、それまでの役所のイメージを変えるものとして注目され、松戸市の名が全国的に有名になりました。
松戸市の観光・スポットは、江戸川松戸フラワーライン、矢切の渡し、常盤平桜通り、戸定邸、松戸神社、本土寺、東漸寺、万満寺には運慶による金剛力士像(重要文化財)などがあります。
松戸市の祭り・イベントは、桜祭り(4月)、レンゲ祭(4月)、緑と花のフェスティバル(4/29)、こども祭り(5/3)、三匹獅子舞(9月・10月)、コスモス祭(9月)、松戸祭り(10月)、仁王の股くぐり(10/27〜29)などが行われています。
また、松戸市の特産品・おみやげは、梨、矢切ネギ、落花生、下総鋏、下総打刃物、白玉粉などがあります。
江戸川流域に広がるネギ畑。一本の雑草も見当たらず、真直ぐ伸びた畝に等間隔に植え付けられています。土の下にある白身は50〜60cmにも成長する。
矢切ネギは、多肉、多汁で弾力があり、甘味、食感もいい。肉との相性も抜群。ネギは、熱を加えると一段と独特な甘味とコクが出る。太いネギはすき焼き、中は鍋物、細いものは薬味など、食卓には欠かせない食材です。