松戸に人が住み始めたのは、約3万年前、旧石器時代のことです。縄文時代には、台地の下まで海が入り込み、その痕跡は、幸田貝塚をはじめとする多数の遺跡として残っています。
平安時代には、下総国の国府(市川市国府台)から常陸国の国府(茨城県石岡市)、武蔵国の国府(東京都府中市)へ通じる分岐点で、交通の要衝となり、更級日記の中では「まつさと」の名前で松戸が登場しています。鎌倉時代の下総国は、源頼朝の挙兵に功績があった千葉常胤が守護に任ぜられ、一族が各地に広まりました。戦国時代になると、千葉氏の一族から出た高城氏が大谷口の小金城を築き、東葛飾地方一帯を支配しましたが、天正18年(1590)、豊臣秀吉の関東攻めによって小金城は開城しました。江戸時代には、幕府の命により水戸街道が整備され、松戸と小金は宿場町として繁栄しました。
明治時代に入ると、旧水戸街道は国道になり交通量が増加、江戸川の水運も盛んになり、松戸は交通の要衝として発展を続けました。明治22年(1889)には、町村制が施行され、松戸市域には、松戸町・明村・八柱村・馬橋村・高木村・小金町が生まれました。昭和18年(1943)4月1日、松戸町と馬橋村、高木村が合併し、県下7番目の市として「松戸市」が誕生しました。当時の人口は、40,433人でした。
戦後、常磐線、新京成電鉄の乗り入れ、工業団地の造成により人口急増の時代を迎えます。
すぐやる課が誕生したのは昭和44年(1969)で、それまでの役所のイメージを変えるものとして注目され、松戸市の名が全国的に有名になりました。